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ぼくらの七日間戦争

クラスの男子学生22人が尽くいなくなった。彼らは一体どこに行ったのか?まさか、集団誘拐?事態に気づいた保護者たちは騒然となる。

実は、河川敷の廃工場に立てこもっていたのだ。彼らの疑問はこうだ。「素直に大人に従っているのが果たして本当に正しいことなのか?確かにこの社会を作っているのは大人だけれども、子供が大人にモノをいえないのはおかしいんじゃないのか?」

そこで、彼らは本能的に行動を起こした。’70年代の全共闘世代を真似て解放区を作り、自分たちの社会を作ってしまうのだ。そして、考えていた本人でさえ思ってもみないことに、クラスに呼びかけたところ柿沼を除く男子全員が協力に応じたのである。

では、その柿沼はどうなったのか。誘拐されていたのだ!1700万円という中途半端な身代金の要求があったという。大いにその気であった柿沼が参加しなかったことに対して不信感をあらわにしていた立てこもりメンバーも、こうなっては話が変わる。柿沼救出に動き始めた。

 次の日。メンバーの相原と菊池は廃工場に人影を発見する。誰なのか?実は、ホームレスになった初老の男性が住み着いていたのだ。親子喧嘩をして家を出てきたものの、住む場所が無いのでかつて働いていたこの工場に、というわけだ。男性、すなわち瀬川は戦争時代を一兵卒として過ごしたという。逆算すれば生まれは大正時代だ。テレビゲームと将来の進路に明け暮れている立てこもりメンバーとはわけが違う。しかも、ホームレスである瀬川はまた社会の落伍者でもある。落伍者というものは社会をじっくり見ることができる立場にある。すなわち、自分が社会の中にいる必要が無いから落ち着いて客観的に見られるということだ。最高の知恵袋を得た立てこもりメンバーはますます行動力を増してゆく。

行動は続く。保護者に対してミニFMと呼ばれる近距離用の電波を通じて解放区放送を行ったのだ。それでやっとのこと彼らのいどころを知った保護者の面々と、通報を受けた学校関係者は廃工場に集合する。

‘80年代初頭は校内暴力の嵐が吹き荒れた時期だ。だから、どこの学校でも一人は暴力教師がいた。ぶん殴ってでも言うことを聞かせるわけだ。しかし、さすがに立てこもりには手が出ない。結局、保護者、教師ともども引き上げた。

そのころ、不純異性交遊のレッテルを用心して外部からの支援担当となった女子たちによる柿沼探索は警察をも出し抜くほど進んでいた。

子供達の既成秩序への挑戦はどのような結末を迎えるのだろうか。少なくとも、知恵は大人を上回っている。

ぼくらの天使ゲーム

七日間戦争の結果、二学期にはクラス替え、ぼくらは夏休みじゅう個人的に会うことを禁止されてしまった。それでも、英治や相原、ひとみや久美子などはこっそりと会っていた。

七日間戦争が終わった2学期、ひとみから話が舞い込んできた。ミス東中とさえ噂された三年の片岡が妊娠したかもしれないのだという。もし妊娠したのなら一大事だ。もしそうならこっそり堕ろすことはできないか、という話だった。ぼくらが登校すると、教師達はやけに愛想がいい。ぼくらはかえって信用しなかった。クラス分けを見ると、みごとにばらばらにされてしまっていた。それにしても、このままではぼくらが集まることが出来ない。相原の家が進学塾をしている。だから、そこを集会所にすることにした。

相原が提案した。天使ゲームをしようというのだ。天使ゲームというのは、人のためをするゲームだ。ぼくらははじめ相原が血迷ったかと驚くが、相原の考えていたことは、こうだった。すなわち、「おとなとか教師は、おれたちに正直な、思いやりのある、年寄りを大切にする子どもになれと言う。そんなら、そのとおりやろうじゃねぇか。そのかわり、いくら迷惑したって困ったって、知らねえよっていうんだ」。こうして、天使ゲームが始まった。

最初の標的は担任。勝負は五分五分といった感じだ。

片岡について、柿沼は困っていた。いくら親が産婦人科の医者だからといっても、こっそり堕ろしてもらうのは難しいのだ。しかし頼まれたからには断れない。そして、口から出任せで、柿沼自身のできちゃった子を堕ろして欲しい、と頼んでしまったのだ。

ところで、宇野の家には徘徊老人と化してしまった祖母がいる。世間体を気にするあまり、今は牢屋のような場所に閉じ込めているのだという。出してあげることが出来ればいいのだが、それもまた難しい。と、そんなとき久美子が思い出したのは銀の鈴幼稚園のことだった。当時からのおんぼろ幼稚園で、今では子どもがあまりにも少なくなりすぎている。それならばいっそ、幼稚園を老人園に変えてしまったらどうだ、というわけだ。

天使達は様々なことをした。どんなことをしたかは、本編を見て大いに楽しんでいただきたい。

そんなとき、片岡が死んでしまった。自殺したという。僕らは相手の男を捜すことにした。さらに、銀の鈴幼稚園には地上げ屋の魔の手が忍び寄っていた……。

ぼくらの大冒険

大人にもいろいろいる。筋が通っているならば子供たちも納得するだろうし、不条理であれば納得するわけがない。「ぼくら」の学校の教師たちは、不条理な人間たちである。大人の論理を押し付けているとも言える。子供というのは必ずしも大人の論理を理解しているわけではない。だから理解させるのが教師の仕事である、とすればそれは一面的であろう。一方で子供達は自ら定義して世界を組み上げていく存在でもあるからだ。そして、その力をなくしたとき、人間は死ぬ。

そういうわけだから、今回も彼らは「ぼくら」の標的になった。狼少年よろしく菊池と相原がやくざにつかまってしまったことにしたのだ。以前「ぼくら」はやくざと争ったことがある。だから、うそとも言い切れない。そして、剣道の鬼丸が文字通り釣り上げられた。魚として。

ところで、菊池のクラスに木下という男がいる。「ぼくら」の仲間に入ったのだが、なんでもあと三年で死んでしまうのだそうだ。しかも、UFOを見ることができるらしい。その言葉には半信半疑ながら、「ぼくら」総出でUFOを見るために闇の荒川河川敷に集まった。なぞめいた呪文とともに……何も見えない?!

木下にだけは見えた。そして、宇野が消えた。しかし狼少年だ。だから、誰も取り合ってはくれない。ましてやUFOにさらわれたなどと、誰が信じるものか。というわけで、校長樺島の妻の絵を知事が欲しがっているというぺてんもきれいにかかった。

それにしても、宇野はどこへ行ったのか。あまりにも手がかりが無さ過ぎる。仕方がないからもう一度UFOを呼んでみることにした。一人だと連れ去られるかもしれない。二人ずつ手をつないだ。あらためて荒川の河川敷でUFOを呼ぶ。しかし、UFOなんて出てこない。いらついた安永は手を振り解いて突っ込んでいった。

その安永も消えた。どこへいった?

結局、UFOとは何だったのか?瀬川が聞き出したところによると、何かの神様と関係があるらしい。なんでも、シュガー・ジョンソンというアメリカ人が創造主アルラの啓示を受けたというのだ。地球を理想の星にしようと人類を創ったが、自らが与えた知恵のために人類は争いを始めた。そして、まもなく地球は滅ぶ。そこで一人の地球人を預言者とし、地球を救おうとしているわけだ。アルラは光である。これが、UFOだ。

これはいわゆる啓示宗教といわれるもので、キリスト教やイスラム教もこれに当たる。そしてアルラの教義が正しかったとすれば、これほど幸せなことがあるだろうか。間違いないところに拠って立つのだ。何の心配も要らない。何を馬鹿な、とおっしゃられるかもしれない。しかし明日山が笑い始めて何がおかしいというのだ。科学法則なんてものは.「ついさっきまで」正しかったに過ぎないのだ。「昨日もそうだったから、明日もそうだろう」というのはただの推測だ。しかし、これが正しいと言われることを精緻に吟味していけば、本当に正しいといえるかどうかはまた怪しいものである。

結局、アルラ様は正しいのか。それは、読んでいけば分かる。

ぼくらのデスマッチ――殺人狂がやってきた――

僕らは遂に進級した。七日間戦争のあと、クラスが再編成されたのだが、今度はまた当時のクラスのメンバーが全員集められた。相原や中尾は怪訝に思っていた。それにしても、今度新任された校長はヤバい。そんなうわさが立っている。それもそのはず、「手本は二宮金次郎」。二宮金次郎信奉者なのだ。それがなぜヤバいのか。それは、彼が二宮金次郎の行動を生徒達に押し付けようとするからだ。二宮金次郎は江戸時代、学問に励み、報徳仕法と呼ばれる方法で農業の改良に励み、成功した人である。幼い頃は貧乏で、働きながら勉強し、親孝行もしたといわれている。だから、それを君達も見習って実行しろ、というわけだ。一見すればいいことのように聞こえる。

校長が連れてきた子分格の真田はクラスにクラスの約束事、級則をつくると言いはじめた。とてもではないが、今の時代に合ったものではない。江戸時代の常識を持ってこられても困る。なお、時折、今の時代の問題は江戸時代に戻れば解決できる、江戸時代に戻れという意見を目にしないこともないが、そういう人は江戸時代には江戸時代の深刻な問題があったという簡単な事実を忘れている。手本が二宮金次郎ならそれでいいというのも、ここに問題がある。二宮金次郎の考え方は考え方で、その考え方に独特の問題を持っているのだ。完全ではない。それを生徒に押し付けようというのは愚の骨頂だ。

ぼくらは真田に対しいたずらで対抗した。級則に対する罰には積極的に応じた。そして、真田の親知らずが痛むのを捉えて、麻酔抜きで抜歯させてしまったのだ。こうして仕返しに成功し沸き返っていたぼくらだったが、そのぼくらのまかり知らぬところで真田に二宮金次郎の歌をもじった殺人予告状が届いていた。そして、真田は実際に殺されかけてしまう。それで、ぼくらの闘志は少しばかり薄れてしまった。

中尾が、この事件のキーワードは二宮金次郎ではないか、と言った。それに応じて、柿沼が推理した。まさか校長は自分の子分である真田には死んでで欲しくはあるまい、だから違うだろう。いやむしろ子分である真田が死んでは困るのは校長だ。だから、犯人は校長に恨みを持つものに違いない。この推理は本当なのだろうか。結末は本編に譲ろう。

このころ、純子の弟光太が誘拐された。そして、真田に送られたのと全く同じ文面の殺人予告状が届いたのだった。

ぼくらは、真田と光太を守る会を結成した。しかし、背中からナイフで一突き、真田は殺されてしまった。真田には彼女がいた。彼女と連絡を取ると、彼女の口からは意外な事実が明らかになった。そして、光太の生死は……。

ぼくらの危バイト作戦

安永家には金が無い。大工の父が入院してしまったのだ。だから中学二年の安永が不法と知りつつも働きに出ている。安永を助けようと考えた「ぼくら」の面々は、自分たちもアルバイトをしようと考えた。とはいっても普通のアルバイトではない。神様をでっち上げるのだ。そして、自分たちの親を次々とカモにしていく。親は神託に喜び、「ぼくら」は収入を得る。お互いに得をしているのだから泥棒というわけではない。とはいっても、イカサマである。まさに、ヤバイトだ。

そんなとき、教師杉浦のうわさが舞い込んできた。クラスの女の子に猥褻行為を行い、その上嫌がるといびるのだ。こういうやつは許せない。とはいうものの、警察に頼ろうにも’80年代当時は教師が圧倒的な発言権を持っていた。そういう常識があったからだろうか、警察に頼るなどとは全然考えない。しかし、だからといってただ痛めつけるのは芸がないというものだ。

そこで「ぼくら」が考えたのは、アンポ・クラブである。有料会員を募集して、教師の暴力から会員の安全を保障するというものだ。

久美子の母がイカサマ神様に相談しにやってきた。夫、すなわち久美子の父千吉が浮気をしているらしい。神様は、かなりの金額を吹っかけた上で、探偵を遣わすことを約束した。ところで神様は久美子なのだが。

久美子神はさまざまな相談を受け続けていた。水子供養までした。水子とは妊娠しながらもこの世に出ることが出来なかった赤ん坊を言うのだが、死後供養してもらえないために迷ってたたると言われている。このことを、杉浦に引きつないだ。つまり、杉浦の体調不良は水子霊のたたりだということにしてしまえ、というわけだ。

数日に亘って安永と瀬川は千吉を尾行していた。そこではじめて安永は皆がアルバイトをしている理由を知る。――「同情なんかされたくねえ」「みんなが君のためになにかをやりたい。それが友情というものだ。君がそれを拒否するということは、友だちも拒否するということだ。君はそれでいいのか?」

さらに尾行は続く。千吉はレディースマンションに入っていった。そして血相を変えて出てきた。翌日、千吉が行ったと思しき部屋で殺人事件が起こっていたことがわかる。死亡推定時刻からして、千吉は犯人ではない。では誰が?

翌日、頭痛が水子によるものだと信じこまされていた杉浦は、「水子霊を祓う」儀式を喜んで受けた。豆電球の首輪をつけて喜ぶのだから、人間とはもろいものである。

そうするうちにアンポ・クラブにまた依頼が舞い込んだ。父が泥棒で、なんとかしてほしい。泥棒が父?じゃあどんな父が良い父だ?

良い父には見えない千吉と、政治家たちのつながりが明らかになった。政治家というのは表は美しく、裏では悪事、という場合が多いとよく言われる。千吉の浮気相手と思しき殺された女性は、ある有力政治家の二号さんだったわけだ。千吉が交渉した別れ話がこじれて、消されたらしい。

「ぼくら」はとんでもないところへ足を踏み入れていたのだ。これからどうなってしまうのだろうか。

ぼくらのC計画

ぼくらはクリーン計画を実行することを決めた。内容はこうだ。地球環境は今、ますます悪くなってきている。そこで、環境をクリーンにする計画、すなわちC計画を実行することにした。環境をクリーンにするためには、人間がクリーンにならなくてはならない。そこで、ぼくらが手にしている心の悪い人間たちの所業、すなわち有名な大物政治家たちの贈収賄を書いた黒い手帳をマスコミに送ろうと思う。しかし、ぼくらはどこにも与しない。コンペを行い、はじめに手に入れたマスコミに発表させようというわけである。

はじめのクイズはクロスワードパズルだ。答えはとある岬、はじめに答えを見つけた矢場はすばやくその場へ向かった。

大物政治家からすればそんな手帳が出回ってはしゃれにもならない。そこでヤクザたちに頼み、かれらヤクザもコンペに参加することになった。ヤクザ達は矢場の次にゴールに着いた。そして、妨害した。

次の目的地はある広場だ。そこには白いバラを持った人が立っている。その人が次へのヒントを持っているのだ。しかし、ヤクザたちが絡んでしまっている。そこでぼくらは、銀玲荘の老人たちに頼んで白バラの人々を組織し、その場をごまかすことにした。

刑務所に入っている滝川為朝の娘ルミは一人ぼっちだ。だから、銀玲荘の管理人になることになった。そして、石坂さよは生前葬を望んでいた。しかも、ヤクザたちが銀玲荘を狙いにやってきた。

さよの生前葬にかこつけてヤクザたちをこてんぱんにしたぼくらは、あらためてマスコミ各社にコンペの再開を告げた。

環境問題というのは非常に大事な問題だ。しかし、今までのものの考え方では解決しないと言われている。なぜなら、今までの考え方では地球の資源は無限だからだ。地球の資源が無限で、文字通り水に流せるのならば、環境問題は生まれなかったはずだ。ところがげんに環境問題は生まれている。これはどういうことか。地球は閉じていて、限りのある存在だと言うことだ。宇宙船地球号。それが地球の本来の姿なのだ。まずはこの考え方からはじめなくてはならない。

つぎに、個人の努力には限界がある。だって、俺一人くらい勝手なことをしたいじゃないか。もしそうでなければ、いまごろ社会主義は完全に成功している。かれらは、全員が平等に働くということを前提にしていた。しかし、そんなわけは無いのだ。人間は全て異なるのだから。

ぼくらの修学旅行

悪いことというのはひとまとまりでやってくるものらしい。英治の父栄介の会社が吸収合併されてしまった。それで、英治が高校にいけなければ大阪に引っ越すという。

加えて、建設業界から政界に広く手を伸ばしていた久美子の父が、彼の持つ大物議員への献金リスト「黒い手帳」とともに遂に逮捕された。久美子の母は取材を嫌がっているので、もしかすると母の実家の山梨に引っ越すかもしれないという。

さらに、さよが死んでしまった。もともと心臓が弱っていたが、遂に逝ってしまったのだ。

さよが死んでしまった次の日、クラスに新しい仲間がやってきた。佐山という名前だが、かれは聴覚障害者だ。正面からでないと相手の声が聞こえないという。

少し……不思議な言い方をすれば、佐山は佐山なりの正常だ。かわいそうという言葉が出てくるのはいかにも優しい人で、思いやりのある人のように見えるが、考えてみれば犬の視力が人間に比べて圧倒的に悪いのは犬にとって普通であって、実は理不尽な同情といっても良いかもしれない。こういうことはよくある。戦中に比べれば贅沢になったというのは事実だが、だから贅沢だなどというのは私のようなバブル直前生まれの人間には理不尽なのだ。なぜなら戦後すぐからスタートしているわけではないから。「贅沢な生活」というやつが普通なのだ。

修学旅行には佐山を連れて行けないことが明らかになった。人数を今から変更するのは無理だというのだ。安永は食い下がったが、相原がそれを制した。自分たちだけの修学旅行を計画しているのだ。

そんなとき、英治らの一年後輩の木俣とルミから相談があった。学内で性格テストが実施されるが、どうやらそれによって生徒のうちにいる危険分子を探ろうとしているというのだ。それはたまらない、ということで相談を持ちかけてきたのだ。英治らがアドバイスしたのは、全員が同じ答えを書いてしまうこと。そうすれば判定をしようにも、どうにもならない。

じゃぁ、教師たちもテストされたらいいではないか。ぼくらは、名前を適当にでっち上げて、教師の性格テストを行った。無視した教師については、安永と佐山で学校に張り出した。

「こんなことをしている暇があったら勉強しろ」これが普通の人間の言葉だろう。「勉強しますから、そのために合宿をしましょう。そのかわり一日だけレクリエーション日をください」こういわれて嫌とはいえまい。こうして、ぼくらだけの修学旅行の大枠は完成した。

黒い手帳の復讐をしようとしている連中がいると矢場から聞いたが、まさか合宿で山の中というのでは襲ってくるまい。そもそも、結局ガセだったとか。

合宿三日目、ぼくらの修学旅行のための打ち合わせのために集まったところ、日比野がマイクロバスに乗っている。しかも、早く乗れとせかす。佐竹は置いていかれた。どういうことだ?

ぼくらのマル秘学園祭

いじめの理由というのは、傍目から見れば馬鹿馬鹿しいものがほとんどである。ところが仲間内ではそのことが必要以上に大きな意味を持ち、いじめる理由として成り立ってしまうのだ。直観的に定義しているだけだが、人間が意味に忠実な生き物であるとすれば、いじめというのは意味に忠実な行動を取るという人間の本性のなせる業なのかもしれない。よって、いじめをとめるためには意味の発生を妨げるか、その意味を否定しなくてはならない、となる。意味の発生を防ぐというのは不可能であるから、意味を否定することが必要である、となる。そのためには明晰に意味を説明する必要があり、ことをわけて彼らにその意味が実質的に通じない意味でしかないことを諭さなければなるまい。しかし注意しなくてはならない。意味は膨張する。つまり、たとえばある子の病気が問題だとしよう。はじめは病気がおかしい、というふうに扱われる。しかし、そのうちに意味が転化して、その子がおかしい、となる。そしてその意味は独走しはじめ、止めようのないものとなる。従って意味をとめるとすれば意味の転化が始まる前である。子供においては意味の転化は極めて速い。それゆえ、意味をいじめの原因とするならば、意味が暴走する前にその方向へ行ってしまうことを避けさせなくてはならない。

ところが、ぼくらの一年下の川辺由美子の場合はそういった対策がされなかった。それで、不登校になってしまったのだ。

不登校は不登校で大きな社会問題となっている。原因は何かということも大きな問題だ。むろん、根性が足りない、程度の問題ではありえないし、かといって全てを心の病気として片付けてしまうのはまた問題だろう。いや、存外、勉強に追い詰められてしまって学校へ行くことに対して消耗してしまった子供達が遂に学校に行けなくなってしまう病気かもしれない。だとしたら、ほかの症状が誘発する類の、一種のうつ病だ。原因は、親か、学校か。

由美子については、佐山が励ますことにした。佐山はろう者で、同じような経験をしたことがあり、適任だと考えられたからだ。

そんな折、矢場がイタリアに取材に行くと言った。間接的にとはいえ、マフィアと関係があることを調べに行くというのだ。ある美術館の館長が買った10億円の絵が贋作だという。その贋作を作った組織がもしかするとマフィアかもしれないのだ。

それから一週間して、矢場からやっと連絡が来た。子供を預かってほしいというのだ。子供、ヴィットリオがやってくると、由美子がよく世話し始め、由美子は見る間に明るくなっていった。

しかし、由美子は精神科の閉鎖病棟に入院させられてしまう……。

この話がどうなっていくのか?それは全てぼくらが演る学園祭の劇で明らかにされるのだ。

ぼくらと七人の盗賊たち

善や悪の判断基準っていうのはなんだろう。いや、そもそも善悪ってなんだ?教科書に載っているから善?昔の偉い人が言ったから?神様が決めたから?候補は挙げてみたけれど、決めた人が偉い保証は?ってかさ、神様が決めたからって従わなくてもいいじゃない。死んだら地獄に行く?そしたら全員が行ける極楽は一体何?そこの矛盾どうしてくれるんだ。あっちが正しいこっちが正しいって言うけど、証拠なんてどこにも無いし。

じゃぁ、人のためを思ってするのが善?自分のために生きるのが善?人には共感する心があるから自分のためだけにやっちゃいけない?そんな余裕も無いくらい病んでたらどうしたらいいんだよ。共感する心を持つ余裕が無いだけで地獄行き?

これほど簡単そうでいて答えられない問題は無い。「教科書を書いた人」なんて家に帰ればただのおっさんかおばはんだ。「昔の偉い人」は散々苦労した挙げ句善を定義できなかった。「神様」は信じない人にとっては正しくない。

ぼくらが出会ったのは、曰く悪の皮をかぶった善人たちと、善の皮をかぶった悪人たちだった。

悪の皮をかぶった善人たち、すなわち七福神は、このとき盗みとマルチ商法で儲けようとしていた。ごっそり盗んで、小物は差し上げて気をよくしておいて、大物を売りつけるのだ。

さらに、一味の一人ジュロウのつてで電気屋から不良在庫を貰い受けていた。不良在庫を盗むと、七福神はそのままもうけになる。盗まれた電気屋は抱えていた不良在庫がなくなる上に保険金が下りる。ここに、1−1≠0の数学が完成する。

そういうわけだからかれらの隠し倉庫は物でいっぱいだった。ところが、ある日行って見ると高価な電化製品がごっそり消えている。ぼくらのしわざだった。

怒った七福神は奪還と復讐のためぼくらに攻撃を仕掛けてきた。かれらにとってとりわけ大事なのは宝石だ。ある代議士の妻から盗んだものなのだが、購入費用の出所が表沙汰に出来ないところからのものだったのだ。被害届が出されないから、どこにでも売ることが出来る。それだけではない。その代議士をゆすりたいだけゆすることもできる。

ところが、、、七福神はぼくらと関っているうちに変わってしまった。人間的に愛すべき人間たちであったということだ。それがどこからでるものか、いま十分に言葉にする力を持たない。そして、ぼくらとの間に友情が生まれた。七福神は生まれ変わった……。

ぼくらの秘島探検隊

ぼくらは沖縄へ向かっていた。銀玲荘の住人金城まさによると、まさの故郷神室島はいま開発の波にさらされ、まさに故郷でなくなろうとしているのである。

1988年、リゾート法というものが施行された。細かないきさつは本編に詳しいから省くが、そのせいで神室島でも土地の開発は進んでしまい、残っているのは金城まさの娘美佐の家だけになってしまっていた。

そもそもからして、リゾート開発というやり方はどうなのだろうか。方法というのは数限りなくある。そのうち、必要な条件を満たしかつ最も害の少ない方法、それが最善の方法である。しかるに、リゾート開発というものは最善の方法であったと言えるだろうか。

ゴルフ場というものがたくさんあったとしても、ゴルフをしない人からすれば意味が無い。ホテルがあっても、泊まる人がいなければ意味が無い。たしかにする人がいる。泊まる人がいる。だから意味はある。ところで、それをどこもかしこも同じにしてしまってどうするというのか。ディズニーランドは浦安に一箇所だけ、日本に一ヶ所だけで十分だが、ゴルフ場は数千箇所無いといけないという理由があるのだろうか。

それとも、ただ単に儲かるだろういい方法がそれだったからだろうか。だとすれば、儲かるのがよいことだという考えからして破壊せねばならない。そして、破壊されるべきであろう。実際に、美しい砂浜を破壊して人工砂浜を作り直すような開発をやっているのが善いわけがないのだから。

神室島に到達したぼくらは、早速偵察を開始した。狭い島だから、右と左から分かれていけばぐるりを半周して戻ってくるだけで偵察は完了だ。しかし、日比野は見つかってしまう。

矢場からの情報が入った。矢場によると、神室島を実際に開発しようとしているのは桜場組という建設業者だが、桜庭組は実際には下請け中の下請けで、一番上には丸田組というのが控えている。ところが今丸田組は脱税と政治献金でもめていて、内部告発をした元木という男を追っているという状態である、という。

さて、ぼくらは妨害作戦を開始した。ひとつだけ紹介しよう。ブルドーザーに黒砂糖を食べさせるのだ。そうすれば、ブルドーザーはエンストして動かなくなる。

さらに、遅れていたぼくらの仲間たちが神室島に到着した。反攻作戦はこれからだ。

ぼくらの最終戦争

ある意味で、内申書やその類というのは言うことを聞かない生徒に対する最強の武器なのかもしれない。なぜなら、ほとんどの生徒にとって高校進学は重要な目的であるから。

英治達も中学を卒業しようとしている。教師達は「ぼくら」が卒業式の日になにかするのではないかと戦々兢々だ。こういうとき必要なのは情報だ。情報がなくては対策を練ることも出来ず、為すがままにされるのは目に見えている。ではどこから情報を得ればよいだろうか。ぼくらの結束は固い。ぼくらの周囲も学校側の敵とも味方ともつかない。つまり、ただ訊きだそうとして訊きだせる相手はいない。こういうときの方法として、味方を作ってしまうというのがある。味方にするためにはえさで釣るか、脅して動かすか、道義に訴えるか……。教師達が取った方法は、えさで釣る、であった。進学に熱心な宇野の母親を取り込んだのだ。つまり、宇野の希望校への進学と引き換えにぼくらの情報を全て学校へ流す、ということだ。

ところで、遂にルミの父為朝が刑務所から帰ってきた。刑務所で驚くような話を仕入れてきたという。ところが、為朝は次の日から一週間、失踪したままになってしまった。英治と相原がレポーターの矢場に相談してみると、自分の追っている大きな事件に関係があるかもしれない、という。

しかし矢場の追う事件はいつも竜頭蛇尾だと相原が言うと、それは構造的悪を追っているのが原因だという。構造的悪というのは、例えば会社ぐるみの犯罪のように、担当者は係長の、係長は課長の、課長は部長の……といったふうにして、構造全体で悪事を働いていることを言う。もっとも……誤解を恐れずに言えば……本当は何が悪かから考えなくてはならない。例えば談合というのは自由競争を妨げるものとして一般に良くないこととされているが、性質上、一種の頼母子講と言ってしまっても良い。頼母子講として考えると、互助であり、善行である。そこで争われるのは自由競争と共同体というふたつの全く違う原理であり、いずれが正解かは極めて難しい問題である。ただ、現在の状態からして建前上自由競争が至上の原理として認められているのだから、それに反する共同体的原理は排除され、犯罪として扱われるわけである。

さて、矢場によると為朝が聞いた驚くような話とは、おそらく市川のことではないかという。市川とつるんで盗みを行ってきた台所清という男がいる。実は彼が大金持ち愛川要蔵(ぼくらのマル秘学園祭参照)のアキレス腱なのだ。市川と為朝は同室だったから、台所のことを聞いていたのではないか、と矢場は考えた。そうだとすれば為朝が消えたことにも納得がいく。つまり、為朝は今まさに口封じされようとしているのだ。英治と相原は為朝を助けるための方法を考え始めた。

このころ、宇野は母のおかしな動きに気づいた。そこで、ぼくらに相談したところ、情報を流して希望校に入れるなら情報を流してしまえ、ということになった。

ところで……実際のところ、ぼくらは何か起こすつもりなのか?相原は答えている、「卒業式にはやらない」と。

ぼくらの大脱走

ぼくらの仲間のうちの一人、麻衣が高校に入学したものの、突然とぐれはじめ、五月から登校していないという。その後期末試験も終わった時期になって、唐突に麻衣が帰ってきた。横暴な父のせいで瀬戸内海の矯正施設に入れられていたのだという。矯正施設というのは、簡単に言えば、ナチスのユダヤ人収容所を少し軽めにしたようなところだと思っていい。すなわち、死なないで済むだけましだということだ。

施設所長、マザーと呼ばれている人物だが、彼女はサディストで、人が苦しむのを見ると楽しいらしい。こういう場面、こういう立場に置かれた人間はどうやらそういう性質を少なからず持つようになるらしいが、それにしてもここまでするのだ。それがどのようかは本編を見て欲しい。そして、ついでがあればあの『黒い霧』とも比較して欲しい。

誰も知らない間に殺されてしまったらどうするのか。ある種の密室なのだから、外部には事故でしたと報告しさえすればよい。しかし、それでいいのだ。なぜなら、親は施設に入れることによってわが子、いくら害を振りまくといっても自分の子どもを厄介払いしたとしか思っていないからだ。

麻衣は施設へ帰った。なぜなら、麻衣はぼくらとの連絡を取り、全員を脱出させるための連絡役だったからだ。

島では相変わらずの拷問が行われていた。スパイまでが準備されていた。結局、麻衣が連絡役であると言うことはばれてしまっていた。それでもぼくらは麻衣たちを助けに向かった。

結論を言おう。この作戦は成功し、施設の子供達は自由になる。しかし、自由になれた彼らはこれからいったいどうしたらよいのだろうか。帰るべき家は無い。住むべき場所は無い。ホームレスを見れば分かる。帰るべき場所を持たない人間は日本に住む資格が無いのだ。

私だって、きれいごとを言っているのは分かっている。しかし、言わねばならない。日本は、日本に住む有資格者と無資格者がいるのだ。無資格者は、どうにかして有資格者にならなくてはならないのだ。しかも、一度無資格者になってしまったからには、有資格者になる道は果てしなく遠い。

これは、おかしいのではないか?しかし、お金が無くては家を借りられないという約束があるというだけでもわかる。有資格者にならなくてはならないのだ。お金が無くては生きてはいけない。家が無くては生きてはいけない。おかしいはずなのに。この問題、あなたはどう考えますか?

ぼくらの恐怖ゾーン

日比野が英治と相原に、赤城山行きを誘った。日比野の友人塚本がかつてそこに住んでいて、今はおじのものになっているが、十月に三日間だけあく日があるから、その日に遊びに来ないか、というわけだ。別れた帰りがけ、英治が赤城に思いをめぐらせていると、純子と出会った。じつは女の子たちも同じことを考えていたのだ。久美子が言い出したという。考えてみれば日比野と久美子は同じ高校だ。矯正施設からの脱走を果たし、今は銀玲荘に住んでいるけれどもどこか立ち直りきれていない、そんな麻衣を元気付けようと久美子が発案したのだという。

ところで、敬老の日が近づいている。英治は思い立って、相原とともに瀬川に会いに行った。銀玲荘の管理をしているルミによると、瀬川の調子はさほどよくなく、また、麻衣は近頃暴走族との付き合いがあるようだという。さて瀬川に会いに行くと、死を予見したような俳句を作り始めた。ちょうどひとみと久美子も現れたので瀬川は非常にうれしそうだったが、体に障るようだったのですぐに瀬川の部屋は去った。ついでなのでひとみの家で話すことにした。男女お互いが瀬川に赤城に行くことを言ってしまった、すなわちお互いに計画が筒抜けになってしまったので話題は自然とそちらに向き、塚本を呼び、あいさつすることにした。

ひとみの家から帰ると、塚本から電話があった。会って話をしようとのことだった。ところが、内容は塚本の父母は死んでいて、赤城の家には開かずの間がある、などで、英治には何が言いたくて呼び出したのかつかめなかった。

相原の提案で、麻衣に会いに行った。麻衣は、渋谷などで会ういわゆる「悪い」友達のほうが学校の友達よりも信用できるし、遊んでいると楽しいと言う。英治は、その疲れた、投げやりで、暗い、満たされない表情を見て、納得できない思いがした。

十月の初め、矢場のお嫁さんのお披露目パーティーが開かれた。矢場夫妻が来るまでに、有希が塚本の父母の死について聞き込みを行った。もしかすると、塚本の父母はおじに殺されたのかもしれない。それが結論だった。矢場夫妻がやってきた。あまりにも美人過ぎて、誰も信じなかった。ここでも、話題は麻衣のことになった。柿沼は言った。「おれ、麻衣が好きなんだよ」。

しばらくして、塚本に電話がかかってきた。「赤城の家に行くと、よくないことが起こる」と。それで集まって相談したのだが、かえりがけには暴走族に襲われ。しかし、安永の機転で逆に倒してしまった。

赤城に行く当日。麻衣は、来なかった。

ぼくらのメリークリスマス

ルミの育ての母、とよ子が現れた。為朝に泥棒の仕事をして欲しいのだという。為朝は、もちろん断った。しかし、とよ子はルミを交渉材料に使ってきた。いまさら返せもないものだというのに、仕事を請けないのならルミをもらっていくというのだ。とうの昔に泥棒家業から足を洗った為朝だったが、ルミにはかえられない。一度だけ、引き受けると約束した。

そんなおり、銀玲荘に七福神があらわれた。かつて僕らと戦った仲だが、いまは改心し、何でも屋のようなことをやっている。為朝の窮状を聞いた七福神、さらにぼくら、2A探偵局は為朝とルミを守ることを決めた。というのも、ルミはおそらく誘拐される。誘拐されれば為朝は仕事をせざるを得ない。仕事をすれば、ルミも為朝も消される。

そのころ、矢場は徘徊老人を追っていた。徘徊老人というのは、住んでいる家を出てとりわけ自分のかつて住んでいたあたりに帰ってしまう老人のことだ。もちろんそこに寝る場所など無いから、行き倒れて死んでしまうことも多い。

徘徊老人が生まれるのはなぜなのだろうか。問題が生まれるということは、どこかに無理が生じているということだ。だから、徘徊老人が生まれるのも何かの無理が原因なのだ。では、何が無理なのだろう。ひとつ分かっていることは、徘徊老人がかつて住んでいたところに帰ろうとすることが多いという事実。言い換えれば、現在住んでいる場所に喜びを感じていない、ということだ。と、いうことは、現在住んでいる場所にある無理、そしてかつて住んでいた場所にあった無理でないこと、それを明らかにすれば、徘徊老人の問題も少しは解決するのかもしれない。

とよ子からの連絡があった。為朝の意思を確認するため、為朝と接触したいというのだ。ぼくらが尾行するなか、為朝は了解の意思を伝えた。七福神がとよ子のあとをつけた。そうしているうちに、ルミが、誘拐されてしまった。完全に油断した。

その後七福神などが調べたところにより、敵は一種のシンジケートであり、とよ子の後ろにいるのはぽっくり教という宗教団体だということが明らかになった。老人がぽっくり逝けることを願う宗教なのだが、その裏で徘徊老人を消しているらしいのだ。ルミを助けるべく、ぽっくり教を潰すべく、ぼくらの戦いが始まった。

ぼくらのミステリー列車

あて先知らぬミステリー列車の旅に出ることにした。行き先は、乗ってから決めるのだ。とりあえず自殺の名所錦ヶ浦へ行くことになった。

雑談の中、久美子が父が刑務所から帰ってきた、といった。そのとき久美子は知らなかったが、政治家への献金リストのうちのひとつ「赤い手帳」を差し出すよう、出所した日から強迫を受けていた。そして、久美子は知らずにその「赤い手帳」を持って旅行に来てしまっていた。

このことを久美子の父は矢場に相談し、久美子から「赤い手帳」を取り戻して欲しいと依頼した。矢場は、連絡をつけた安永とともに久美子を追い始めた。

錦ヶ浦で見かけた中年の男女は、今にも心中しそうだった。とりあえず、何も知らないふりをしながら上手く邪魔をして、自殺は止めた。このとき、ミステリー列車の目的は決まった。この男女が東京に帰らなかったならば、二人を追いかけていくのだ。

男女は富士へ向かった。ぼくらははじめ例の男女は東京に帰るのではないかと思っていたが、そうでないと知ったので追跡を続けることにした。

必死で追いかける矢場と安永は錦ヶ浦の最寄り駅熱海で立ち尽くしていた。予定がなく目的も無い旅行を追いかけるというのは、糸が切れて飛んでいったたこを探しに行くようなものだ。しかも、「赤い手帳」を奪おうとする連中から尾行されてもいる。

ところで、実は、英治が呼びたかった子がいた。中川冴子というが、白血病なのだ。白血病というのは血を造る場所の異常から異常な比率で白血球及びその出来損ないができてしまい、結果血液が本来の役割を果たせなくなり、遂には死に至る病気である。彼女はこのツアーを通じてメッセンジャーとして活躍することになる。

冴子が英治から聞いたことをつなぎながら、矢場と安永は皆を追いかける。

電車の中で声を掛けられた。小学校五年生の男の子、登。いじめられて、家出してきた。意地でもついてくるという。

旅は男女を追いかけながら進む。甲府でやっと追いついた矢場と安永は、一部始終を説明した。安永はそのまま合流し、矢場は「赤い手帳」を受け取って東京へ帰った。しかし、次の日には久美子の父とも矢場とも連絡が取れなくなってしまった。

追いかけ、追いかけられながら続くミステリー列車の旅はこれからも続く。追いかけ切れるのか、かわしきれるのか。

ぼくらの『第九』殺人事件

瀬川の見舞いにぼくらが集まった日、大晦日に瀬川にプレゼントをすることを約束した。ベートーベンの第九、つまり歓喜の歌だ。

帰りがけ、ひとみが相談を持ちかけた。ひとみは学校でセブン・シスターズというグループを組んでいるが、そのメンバー七人全員に手紙が来たというのだ。「十二月第二週の日曜日から、一人づつ神のいけにえになってもらう」。

宇野が意見して、セブン・シスターズとぼくらでディズニーランドのデートをしようということになった。そうすれば、護衛も出来るし、いたずらだったとしても腹が立たない。

英治は行けなかった。なぜなら、父が新しく会社を興したので、その事務所を見に行くからだ。

相原から結果報告があった。一人いなくなってしまったという。その子は城山ひかるというが、その後帰ってくることが出来た。

こうなってくるとセブン・シスターズが参加している第九の合唱練習も危なく見えてくるが、ともかく練習には参加することにした。その夜は、何も起こらなかった。

次の日、日比野が呼ぶので英治と相原は日比野がアルバイトしているイタリアンレストラン、フィレンツェに向かった。ひかるから話があるのだという。ひかるの話というのは、ディズニーランドで誘拐されたのが嘘だった、ということ。そして、ぼくらとセブン・シスターズの違いが浮き彫りになる。

ぼくらは友達同士は秘密を持たないことをモットーにしている。たいしてセブン・シスターズは裏切り自由、人は信じないということをモットーにしている。「そんなの、面白くない」「そうかな。私たちのほうが、あなたたちより、ずっと爽やかだと思うけど」「人のことを考えないグループなんて、そんなの、すぐばらばらになるさ」「いいのよ。ばらばらになったら、また別のグループをつくれば。あなたたちのグループって、べたべたしていて気持ち悪い」

いずれにせよ、相原は一回戦の負けを認めた。いたずら対決が始まった。

幾度となく対決が行われ、立石がたぶらかされる日がやってきた。立石は、夜、ひかるとともに暗い原っぱの探検に出かける。そこで見つけたのは本物の殺されたむくろだった。しかし、次の日見に行くと、姿が消えていた。血のあとは残っていた。実は死体ではなくて、失神していただけで、そのあと気がついてどこかへ立ち去ったのだろうか。それとも、死体を誰かが運んだのだろうか……。

ぼくらの秘密結社

もう一人のいたずらの天才、城山ひかるから誕生日パーティの招待状が届けられた。もちろん、ぼくらへの挑戦状である。受けて立つぼくらはそれぞれいたずらを携えてパーティへ向かった。

パーティの席上、テレビレポーターの矢場は中国人不法就労者のことを話し始めた。近ごろの矢場の関心事はこのことなのだ。

不法就労者というのは、より大きな収入を得るため、観光・教育ビザで外国に渡り、仕事をする人の事を指す。なぜわざわざ外国に渡るかといえば、そのほうがより大きな収入を得られるからである。物価の違いなどから、ひどい待遇であっても外国で働くほうがより大きな収入を得られる場合があるのだ。

不法滞在なのだからすぐさま追い返してしまえという考え方も一理あるが、各個人の滞在理由を一切考えずにそう言ってしまうのはいささか形式主義に過ぎるのではないだろうか、とも考えられる。というのは、普通、人はあえて不法行為を行おうとは考えないと思われるからである。善意からとは限らない。大抵の場合不法行為は自分にとって不利益だからでもある。それでもなお不法行為を行うのにはそれなりの理由があると考えてよいだろう。それゆえ、各人の事情を加味するのはあながち過ちではないと思われるのだ。

次の日、かつて矢場が取材した殺人事件の被害者である周という男の隣に住んでいた李という男から矢場に電話が掛かってきた。李によると、周は密入国組織の一員で、その周の家によく出入りしていた林という男がいるというのだ。ことによると林は密入国組織の鍵を握る男かもしれないのだ。矢場はぼくらに協力してもらい、林をアパートにかくまった。さらに、林を来々軒で働かせることにした。ここならば不法就労者を雇おうとあまり、問題ではない。もちろん犯罪であることには違いないが。

林は中国で中学校の教師をしていた。そして、コンピューターの勉強をするために日本にやってきたが、だまされてしまったのだ。しかし、日本へ来るために借りた金は返さなくてはならない。それで、働かざるを得ないのだ。彼は、何だってした。殺された周からいい仕事があるからといわれて、知らずにとはいえ、偽造パスポートの運び屋までしてしまった。そして周が殺されるとその犯人にされてしまったのだ。警察の保護は頼めない。なぜなら強制送還されてしまうからだ。しかも、警察の捜査を恐れる密入国組織からも追われる身となってしまったのである。

このことを知ったぼくらは、林を助けることを決意した。林を助けるために必要なのはまだ姿も分からない密入国組織を潰すこと……。

ぼくらの『最強』イレブン

木俣がイタリアにサッカー留学すると同時に、三年生の英治達は引退した。すると引退者が続出し、サッカー部はめっきり弱くなってしまった。今では部員も六人しかいない。しかし、木俣はもう帰ってくるのだ。これで必ず強くなる、訳がない……。

それだからといって、木俣を他校へやるなどということは考えられない。木俣を出迎えたとき、部員を集めると伝えてしまった。

そんなとき、英治はたまたま大事なノートを学校に忘れてしまった。後者は定時制高校と兼用なので、取られてしまったらどうしようかと心配したが、次の日も無事机の中に残っていた。一言、英治ではない書き込みがあった。相原の発案で返事を書いたところ、また返事があった。何回かのやり取りの後、会うことになった。彼の名前は草葉千秋、喧嘩で退学になり、定時制でやり直しているという。英治はサッカーに誘ってみた。草葉は快諾した。

木俣の歓迎会。ルミにマネージャーをすることを了解してもらう。さらに、サッカー部担当教師本庄を動かし、停学中の武藤に交渉し、三ヶ月の停学を一ヶ月にする代わりにサッカー部に入らせた。武藤は、足が速く、闘争心がある。

木島といういい候補がいる。しかし、相原は駄目だといった。なぜなら、木島は天才だけれども、一匹狼で、組織を壊してしまうからである。

ともかく、ルミのつてで榎兄弟が入部した。双子なのだが、二人とも足が速く、二人揃えば常に漫才というムードメーカー。

これで、元からいたメンバーを含めて十一人が揃ったわけだが、木俣の分析によれば、一年後に中学生と対戦できるようになるだろう、ということだった。今年の暮れにというなら、木島を入れなくてはならないという。木島が学校に価値を覚え、立ち直るためにも……。そう顧問の本庄に相談してみたところ、了解を得ることが出来た。木俣は真剣なのだ。

木島の了解は得たが……部員達が承服しない。その上、木島には悪い付き合いがある。サッカーをさせるためにはそれを断ち切らなくてはならない。

まだまだ問題は山積だ。英治はたった一つの言葉、ネバー・ギブアップを拠り所にサッカー部再建を続けていく。例え何があっても……そう、木島の母の裏に暴力団の影がちらついたからには暴力団を敵に回してでも。

ぼくらの校長送り

出るくいは打たれる。だから、あすかはいじめに逢う。

ひとみの友人みえの姉であるあすかは、青森に赴任し自分の方針で教育を行っている。生徒の心を取ることはできているのだから、最低限のことは果たせていると見てよいだろう。つまり、その教育方針は次善であるかもしれないが間違ってはいないだろう。ところが、その方針は学校の教育方針と合わないのだ。それでも自分の方針を貫いていると、教師が一丸となってのいじめが始まってしまったのだ。追い詰め方も、追い詰められ方もすさまじい。遠く東京にいるみえに至ってはこのままでは自殺してしまうのではないかと心配するほどだ。

管理教育が良いのか悪いのかは難しい問題だ。しかし、頭から押さえつけては反発する、というのは間違いの無い事実だろう。もっともまずいのは、地下に潜ってしまうことである。あるいは現代のいじめ問題は八十年代にあるのではないかという考え方も出来る。つまり、八十年代の管理教育が荒れた時代の直接の反抗を沈静化させた。しかし、不満の原因というものは常に存在する。そこで、不満の捌け口が陰に隠れた。それがいじめである、という考え方だ。勿論他の見方もできる。価値観の変化、個人重視の深化に伴い共同体の倫理が存在基盤を失い、目的に伴う善が第一を占めた。それで他者について考える必要がなくなり、いじめが否定される理由も無くなった、とする考え方だ。かといって共同体の復活を叫ぶのは早計というものなのだが、ここでは措く。

あすかのクラスでもいじめは発生している。あまりにひどいいじめなのだが、いじめているのが市の有力者の息子高松だったものだから、たちが悪い。周囲は止めたが、あすかは追及した。すると父親が抗議し、あすかが間違いを犯したことになってしまったのだ。

一方、すくなくとも「ぼくら」は義心を持っている。あすかを助けるために青森まで行くのだ。到着した次の日には、早速あすかのクラスで万引き事件が発生した。その知らせを受けるだけでも、あすかはほかの教師からいやみを言われる。謝りに行って分かったことは、やはり高松が糸を引いているということだ。

もうはっきりしている。結論はいかにしてこの二重のいじめを取り除けるかだ。すでにひとみと久美子が体育教師大貫を手玉にとっている。もはや搦手は落ちているのだ。

ぼくらのコブラ記念日

死なない人間はいない。しかし、死ぬ前に求めるものとなると、ふたつに分かれるようだ。

銀鈴荘に入って数年、瀬川も老いた。近頃は具合が悪く、まともに口も聞けないほどだ。

英治と相原が、呼ばぬうちから瀬川の求めに応じるかのようにやってきた。瀬川には伝えなくてはならないことがあった。

瀬川には四十になる息子鉄也がいる。二十年来の生き別れだ。なぜか。瀬川が新聞に名が出るほどの大物である大宮の弱みを知ってしまったからだ。それだから、身の危険を感じて身を隠したのだ。瀬沼という名字まで隠して。「君たちは不思議と思うかもしれんが、人間という奴は、金もでき、功成り名を遂げると、次に勲章が欲しくなるのだ」。

勲章を得るためには清廉潔白である必要がある。しかし、とりわけ経済界、政治界で功成り名を遂げるまで絶えず潔白である人物というのは果たして存在するのだろうか。信義だけでのし上がることは本当にできるのだろうか。大宮も例外ではない。そういう場合、開き直って悪行を貫くほうが、過去の悪事をごまかすには都合がいい。だから、勲章を得るためなら何でもする。瀬川だって殺す。

しかし、瀬川とて泣き寝入りしたまま死ぬような真似はしない。大宮の悪行を記録した封筒を英治に託し、鉄也に渡すよう頼んだ。話を聞いた矢場は鉄也の探索を開始した。

かつて「ぼくら」にこてんぱんにされた七福神は、今ではきちんとした商売を行っている。手に負えない難題を請け負い、解決するのだ。そこへ依頼が舞い込んできた。「名前 瀬沼鉄也 出来るだけ早く」。実は依頼者は大宮の腹心。さらに彼は大宮の愛人初江との破談交渉を行った……が、失敗した。そして、初江は矢場に情報を漏らした。改めて矢場が会いに行くと、返事が無い。水死体になっていた。

翻って瀬川はどうなのだろうか。瀬川の待つものはその息子、そして、大事なものはぼくらの仲間たち。これまでも本人が返す返す言ってきたことだ。

正反対に見える二人には、実は共通項がある。大宮は孤独にのし上がり、勲章を得ようとしている。瀬川は追い詰められながらも、かけがえの無い仲間を手に入れた。勲章というものは、よく考えてみれば他人からの賞嘆の証である。それは他人から認められるという証拠である。また、追い詰められつつ加えて孤独な人間は「寂しく死んだ」と言われる。とすると、人というものは死ぬまでに誰かに認められたいのだ。

瀬川と大宮、どちらが本当に認められているのであろうか。それは、二人が死ぬときを見れば、分かる。

ぼくらの魔女戦記TUV

突然、イタリアにいる日比野から電話がかかってきた。「おれの大発見によって、ルネサンスの歴史は変わるかもしれん」。そして、音信不通になってしまった。おかしい。あまりにもおかしい。もしかすると、日比野は何か事件に巻き込まれたのではないだろうか。そう考えたぼくらと2A探偵局、そしてヴィットリオ、はるはイタリアへと向かった。

日比野はイタリア料理のコックになるために修業している。その店ではほとんど情報が無かった。さらに、日比野の部屋を見に行くと、荷物はそのままになっていた。

さきほどほとんど情報は無かったとかいたが、ひとつだけ情報はあった。日比野がとんでもない美人と一緒にいたと言うのだ。ヴィットリオは直感的に、それは魔女ではないか、と言った。

とんでもない美人は名前をルチアという。実は日比野は行きがけの飛行機の中である女性、すなわちカトリーヌと仲良くなったのだが、そのカトリーヌから突然と連絡がかかってきた。女性を紹介するというのだ。それがルチアであった。ルチアは、自分から自分は魔女だと言った。魔女のサインがあるからだ、とも言った。そのサインがある女の子は代々魔女にならなくてはいけないのだという。しかし、ルチアは魔女にはなりたくない。

先代の魔女であるジャンヌはこれまでも政治家などの頼みに応じて様々な魔術を行ってきた。彼女が行うのは黒ミサと呼ばれるもので、魔方陣などを使う、あれである。そして、そのことが理由で八月二十九日に自分が死ぬことを知っている。もしそれまでルチアが身を隠していられたら、ルチアは魔女にならなくて済むのだ。だから、それまで日比野に守ってもらう、というわけだ。なぜ日比野か。それは、星占いで出たからだ。

偏見を取り除けた目からすれば魔術の宇宙観は独特で、そこには見るべきものがある。たとえば、ユングという心理学者がいるが、彼が大いに参考にしたのは魔術だ。だが、それにしても魔術は知られていない。もっと知られても良いはずだ。真の魔術の姿については、澤井繁男先生(じつは私が大学で授業を受けた先生でもある)の本に詳しい。

かくして、日比野はぼくらに電話をかけた、というわけだ。そして、ルチアを魔女にしようとする一団から追いかけられるから、宿からは逃げ出してもぬけの殻、というわけだ。

逃げ出した日比野とルチアはミラノへ向かい、さらにヴェネツィアへ向かった。ルチアと日比野、そしてぼくらの後発部隊と合流したぼくらは、ルチアを守ることを決意した。そして、ジャンヌとの戦いが始まった。

ぼくらのロストワールド

順子の弟、光太の学年の修学旅行に対し、脅迫状が送られてきた。修学旅行をするなら自殺するというのだ。

当惑した学校側は、結論を出せずにいた。光太のクラスでは、担任北原が生徒に諮ってみたところ、行きたくないというものが少なからずいた。団体行動が嫌いだから、この機を捕えて中止させようとしているのだ。

一方、PTAは費用の貯金もしたし、三年間待ちに待った旅行だから、子供達は行きたいはずだということでまとまってしまっていた。結局、自分の子供に聞いてみようという結論に落ち着いた。ところが聞いてみると、子供は十人中十人が行きたいという。親のご機嫌を取っているのだ。そして、追及が面倒なのだ。追及されてそれに応じるということが。いつのまにか、そういう子供が増えてしまったようだ。英治は仲間でわいわいやることを勧めるが、うっとうしいで片付けられてしまうという。

上手くは言えないが……私の高校時代の同級生どもがそういう感じであった。被害妄想に近いものなのかもしれないが……許されない雰囲気だったのだ。もともとどちらかというと単純バカな雰囲気で育ってきた人間なので、どうしてもなじめなかった。いま市内でボランティアリーダーのようなことをしているが、やはりある区域を境にして子供のノリが変わる。基本的に、南の旧市街の子供達は収拾がつかなくなって困るが、北の新興地域はノらなくて困る。大学に、全く別の学校なのに同じようにそういうさめた雰囲気に飲まれてしまったという友人がいるから、彼とともに一度原因を探ってみなくてはなるまい。それにしても、それで精神を病んでしまうのだから意外と繊細なのかもね。

魔女狩りが始まった。結果、いじめられている河合という子が怪しいということになってしまった。そして、河合は失踪してしまう。

河合から連絡が来た。学年の連中と一緒に修学旅行に行っても無視されるだけだから、一人で修学旅行に行くという。時折来る手紙は、だんだん明るいものになっていった。

ところで、北原の同僚に山内という美人教師がいる。それがどうやら、ストーカーに狙われているようなのだ。ストーカーというのは一種異常な執念を持って特定の相手を追い回す人のことをさすが、大抵は恋愛感情でしかも本人には悪意が無い場合もあるのだから、始末が悪い。犯人は近しいところにいた。そこで彼を山内の家に呼び……。

そうするうち、校長への密告があった。殺人予告は男だが、死ぬのは女だと。そして、光太の同級生野口ひろ子が死んでしまった。

ひろ子は自殺か?だとすると不自然な点が多すぎる……。

ぼくらの卒業旅行(グランドツアー)

もうすぐクリスマス。といっても、受験生である僕らにとってクリスマスなんて無いも同然だ。それでもぼくらは入試明けに卒業旅行、グランドツアーを計画していた。

計画から実行までに、様々なことがあった。白血病の中川冴子が死んだ。入試も近づいてくる。久しぶりに出会った七福神は修理屋をしていた。といっても、人間関係の、である。かつてぼくらとともに廃工場にたてこもった吉村が今や麻薬の売人までしている。かれを直してもらおうという話になった。そして七福神は取って置きの装置でやりおおせてしまう。

そして、発表。英治は見事浪人した。他の面々も、ひとそれぞれ。

英治の発表があった夜、相原が計画した日程表が発表された。相原はこれからアジアの人々と付き合っていく上で知っておくべき事柄、ということをテーマに置いた。

そういうわけだから、ふつうの観光コースは廻らない。あまり知られていなくても重要そうなところを取り上げた。

知っておくべき事柄とは何か。いままでの付き合いである。いままでのつきあいのうちで、もっとも日本人が知っておかなくてはならないことは何か。過去の悪事である。良いことというのはえてして忘れられやすいものだが、悪いことは忘れてはもらえない。忘れないようにしてしまうのは我々とて同じことだし、前科もちを信用しないのも変わらない。それゆえ、前科はおおいに反省しなくてはならない。反省の程度によってその人の信用は大いに左右されるから。

「大東亜戦争は侵略ではなく自衛であり、被害は一切副産物に過ぎない。従って日本は悪くない」という意見もある。だが、アジア・太平洋戦争において日本軍が如何なかたちにせよ死者を量産した時点で、二人称の死体を量産したわけでもあるのだ。養老武司氏の議論を借りるが、死体には近しい間柄のあなた(二人称)の死体と全く知らない彼(三人称)の死体がありうる。ふたつの死体を見比べるとき、圧倒的に感情を動かされるのは二人称の死体である。理由はいうまでもあるまい。

その二人称の死体を量産したのだ。ただこのことひとつで、日本の行為は悪と称されるに足る。なお、日本の場合自らが引き起こした戦争の結果二人称の死体を量産する羽目になったと言え、一方アジア諸国の場合自らが引き起こしたわけではない戦争の結果二人称の死体を量産する羽目になったといえる。それゆえ、加害者に対する追及の程度はおのずと異なってくる。

なおも悪と称されることに異論を立てるには、日本人だけはそのようなことをしても悪と称されない特殊な理由を証明しなくてはならない。人間を舞台にしたとき、互いに人間であるのだから特殊な理由はありえない。神々を舞台にしたとき、なにか免罪の切り札があるとしても、八百万の神ではほかの世界にはなんら説得性を持たない。

そして、ぼくらはグランドツアーに出発する。生きるとは何かを問いながら。しかし英治は早速パスポートを奪われてしまった……。

ぼくらののら犬砦

浪人英治は恩師北原から連絡があった。北原は来年廃校の勝鬨中学校に出向していた。なぜ廃校になるかといえば、生徒数が少ないからだ。過疎地でもないのに生徒数が十人では、つぶれないほうが無理があるというものだ。英治には、助手が足らないから授業をやってもらいたいという。

さすがにこんな学校に「ふつう」の学生は集まらない。「ふつう」の学生ならもっと「いい」学校に行くからだ。そういうわけで、「最後の十人」は「ふつう」ではない。親に去られて孤児の晴雄とその妹ミミ、メカの天才賢治、日系ブラジル人の誠、援助交際娘ゆかり、父の代わりに働く邦彦、やくざのひも付きの舞、未来予知の宏、自殺志願の均、いたずらのせいで勝鬨中学校に飛ばされた恵太。このなかでは恵太がまだ一番「ふつう」に見えてしまうのだが、どうだろう?「ふつう」の学校なら鼻つまみ者なのだが。いや、こういう連中のほうが実は面白いのかもしれない。均質化された機械を相手にするよりはるかにましなことだけは、私が保証する。

大阪から転校生がやってきた。これも札付きの不良だ。岡本次郎という。大阪にいると不良高校生ににらまれるから、はるばる東京まで逃げてきたというわけだ。

「岡本、おまえディズニーランドへ行ったことあるか?」北原が出し抜けに問う。修学旅行は全員で行くのが勝鬨流なのだ。で、北原は金策に行く。競馬場に。全部すった。それならそのつぎ込んだ給料で連れてったほうがまだいいんじゃないかとも思えるが、いずれにせよ後の祭り。

次の日、北原は校長から宿直を頼まれる。怪しい人影がいるというのだ。それが何者か確認しろ、というわけだ。北原は英治に手伝いを頼んだ。英治はぼくらの男衆のメインメンバーをそろえた。にぎやかな夜になった。北原が学校を案内するうち、来年には取り壊す校舎なら好きに使っていいだろうし、お化け屋敷にしてもいいじゃないか、という話になった。物音が聞こえた。ホームレスは元教師とその息子だった。どうせばれないんだから、と住んでもらうことにした。北原が病気のときには代わって教える、一石二鳥だ。

メンバーは出揃った、と思う間もなく、暴走族が襲撃して来た。次郎の機転で第一波をしのぎ、さらに次郎がかれらのリーダー格と一対一で戦った。互いの力を認めたふたつのグループは、それ以後仲良くなる。しかし次郎自身はヒーロー扱いに恥ずかしがり、そのうちに大阪へ帰ってしまった。次郎の居場所は勝鬨中学校にしかないはずなのに……?

さらに、誠が泣いて訴え始めた。誠の父が麻薬を盗って逃げたらしい。実は誠の父ではなく知人の仕業だったのだが……。その裏には、麻薬をめぐる大きなふたつの組織がうごめいていた。

ぼくらのグリム・ファイル探検(上・下)

情報というのは、巨大な化け物だ。インターネットを見れば分かる。互いに矛盾した情報が錯綜し、しかも矛盾している双方がそれなりの真実味を帯びて我々に迫ってくる。真実味を帯びた情報は、ひとつの筋書きを作り上げてしまう。我々は神ではないのだから、知っていること以外は知らない。それゆえ、知っている情報が嘘だったとすれば、それに踊らされて途方もないところに行ってしまうことさえある。だから、我々は情報をあるときは信用し、あるときは疑いながら自分自身で判断していかなくてはならないのだ。我々はインターネットで正しい情報を得られるようになったわけではない。ただ単に、多様な情報を得ることが出来るようになったというだけのことだ。それをどれだけうまく使えるかは、各人にかかっている。

英治の先輩横山らが引率する小学生たちの乗ったスキーバスががけ下に転落した。小学生のうちの一人が録音していたテープに最後の瞬間も録られていた。子供の誰かが運転手を襲っていた。

大阪では、小学生投げ捨て事件が起こっていた。犯人である子供は、全く反省していない。

英治は言語学を学んでいる。英治の先生佐久間は神経内科の先生と組んで、犯人が異常行動に走る原因を探っていた。ホルモンの影響で子供が異常をきたしているのではないかと考えている。また、マインド・ウイルスというものが提唱されている。新しい考えや情報を受け入れ、コミュニケーションによって周囲に広めるのはふつうのことだが、一種そういった動きはウイルスに例えられる、ということだ。そしてこのウイルスは強い感染力を持っていて、人間の考え方や生き方を変えてしまう。つまり、人間はあっと言う間に異常になってしまう可能性があるのだ。例えば、事件を起こしたオウム真理教の信者のように。かれらは教義という情報を受け入れ、自らを反社会的なものに変質させてしまった。

佐久間は、仮説として、ホルモンのような働きをして体を狂わす環境ホルモンのような、情報ならぬ情報ウイルスが人間に異常をきたしてしまうのではないか、と考えていた。しかも、現代は豊かさをモノで計るがゆえに、ねたみという暴力を誘発する良い条件が整っている。それが正しかったとすれば、すぐにでも情報ウイルスを見つけなくてはならない。

その後も事件は起きる。ぼくらと佐久間はどうやらグリム童話と漫画「魔女の鉄槌」とグレゴリオ聖歌の三つの組み合わせが情報ウイルスとして動き始めるのではないか、と見出した。「魔女の鉄槌」の作者三木はドイツにいる知人有馬から話を得ているという。有馬との連絡をとる方法は、無い。ぼくらは、有馬と接触するべく、ドイツへと飛んだ。

ドイツで知ったのは、ウイルス解除の鍵になるグリム・ファイル、そしてその裏で暗躍するふたつの秘密結社……。

ぼくらのラストサマー

英治は先生になった。同僚は年配ばかりでやる気が無く、この状況をどうやって渡っていけばよいのか、英治は処世術に長けてきてしまった。

一学期が終わる直前、英治は自分の受け持つクラスの生徒にぼくらの七日間戦争の話をした。そして、子供達を挑発した。ところがみな話には目を輝かせるのだが、挑発には乗ってこない。みんなで何かするのが気持ち悪い。また、いつも疲れているのだから、夏休みくらいゆっくりしたい。それが生徒達の本音らしい。

ところで、生徒の一人岡本がその日早退した。他の生徒達は、彼が行方不明になっている伝説のロックシンガー春日クニオのファンだから、探しに行ったのではないか、と言った。クニオの詩はあまりにも暗い。15歳のときに作ったという曲は未公開、詩だけが公開されている伝説の0番『ラストサマー』があるのだが、その詩はまるで自分の死を予感するような詩なのだ。英治は、こんな暗い詩を書くクニオがなぜ共感をもたれているのか興味を持った。

次の日、久々に英治と相原は会った。相原は子供について持論がある。かつて貧乏だった時代、子供達は自分で何でもしなくてはならなかった。だから、パワーがあった。しかし今の子ども達は保護されすぎた。それだから自分で力を入れて何かをする必要が無い。だから、パワーが無いのは当たり前なのだ。英治は、教師も流れに身を任せているからどうにもならない、と嘆いた。今度またみんなで会おう、とも約束した。英治は、どうしたらこの熱い思いを子供達に伝えられるのか、考えてしまった。

一学期が終わる日、英治は生徒の滝川アリサから岡本はクニオから唯一信頼を受けているWというクニオファンのところへ行ったのではないか、と言った。

ぼくらのみなで会うと、また熱い議論が始まった。最近の子どもは濃い人間関係を持つのを避けようとする傾向がある。そうすれば傷つかずに済むからだ。一人でいて淋しくないのかとも思えるが、彼らはそのほうが安心するのだ。また、クニオについても話題になった。ぼくらは、もしクニオがライブをするなら見に行ってみようじゃないか、と話し合った。

ところで、クニオは皆から生きていると信じられている。それというのも、Wが「クニオは、きっとどこかからやって来る。そしてみんなに『ラストサマー』を聴かせてくれる」とファンに伝えているからだ。Wも根拠無く言っているのではない。かつてクニオが、「八月十五日になったら、封印を解いて、みんなの前で『ラストサマー』を歌う。その日は、きっとあらしになる」と言っていたからだ。

さらに、情報が舞い込んだ。「クニオがやって来るぞ!……そこで0番が聞ける!」岡本も、そこへ向かっているのかもしれない。

ぼくらの悪魔教師

野間の支配する二年二組の周りを不思議な男がかぎまわっていた。

野間が命じて道夫に金を持ってこさせようとしたところ、その不思議な男がいて持ち出すに持ち出せなかった。そこで道夫に焼きを入れた上で野間の子分益男と浩二は万引きを試みるが、そこにも男はいたため、盗んだ品を返すしかなくなった。男はすべてを見届けていたのだった。亜矢子は援助交際をしている。今回の相手は自称四十歳のサラリーマン。食事をして、クラスの事を聞くだけ聞いて去っていってしまった。

前任の久光を休ませた二年二組に新しい担任が来ることになった。その名は菊池英治。そう、あの菊池英治が帰ってきたのだ。

教師になめられてはまずい。そのためには教師を支配しなくてはならない。その一番の方法は教師に対する先制攻撃だ。クラスのメンバーは攻撃方法を考え始めた。

ところが、彼らの攻撃はすべて失敗に終わってしまい、クラスメイトたちは各個撃破されていってしまう。英治はクラスの約束、級則を作ると言い出し、さらなる暴虐のし放題である。クラスにできたことは、英治にデビルというあだ名をつけるくらいのことだった。そんななか、野間の求心力も低下していった。

二年二組は最後の賭けに出た。負けた方が丸坊主になるのだ。そのとき問題になっていたのはクラスの出席率だ。クラス全員が出席すれば、英治の勝ち、しなければ、英治の負けである。

その後話は変わって次の日までにクラスの力で全員を出席させることができれば英治の負け、できなければ男子全員が丸坊主、ということになった。そして、クラスはその賭けに勝ったかに見えたが、負けてしまった。そのために、全員が丸坊主になる、はずだった。ところが野間の求心力は完全になくなりクラスは分裂しており、結局野間一人が丸坊主にさせられてしまった。

しかし、英治は倒さなくてはならない。そのために必要なことを野間は悟り、いままでのことを詫び、全員で団結して英治を倒さなくてはならない、と言った。そして、二組は真の意味で団結し、作戦を練り始めた。

英治の狙いはまさにそこにあった。かつて相原が主張していたように、いまの子どもたちは濃い人間関係を持つのを避けようとする傾向がある。そうすれば傷つかずに済むからだ。一人でいて淋しくないのかとも思えるが、彼らはそのほうが安心するのだ。いや、そうではない。そんなはずはないのだ。しかしそのことを伝えるにはどうすれば良いのか。そこで英治が採った方法は英治自身を仮想敵とし、クラスを一つの目的、すなわち英治を倒すという目的に向けて一致団結させるという方法であった。だから、英治は悪魔教師になったのだ。

ぼくらの特命教師

ひとみのクラスがいつもからいる不良四人組どころか、全体が荒れて手が付けられないほどになってしまっている。どうやら裏で手を引いているのは「オメガ」という存在らしいのだが、正体不明、加えて本当に存在するのかも分からないのだ。オメガという言葉が出たのは三ヶ月ほど前のことである。三ヶ月に亘って正体不明なのは、だれもオメガを見たものがいないからだ。しかし、それ以来生徒達は教師たちの敵となってしまったのである。ひとみの信念、すなわち誠実で、生徒を信じ、愛してやれば、その思いは必ず通じるというという信念は全く通じなくなってしまった。

そんな折、英治にひとみの中学の校長から悪魔教師として赴任して欲しいという依頼があった。そのときは考えさせてほしい、とだけ返事したが、ひとみから内実を聞くにつれ、条件付きで依頼を受けようという気持ちになった。条件というのは、英治は必ず三ヶ月で辞めるが、その間は強引な手を使うからPTAなどの外圧は鳥山の力で完全に抑えておくようにしてもらう、ということだった。鳥山はしぶしぶ了承した。鳥山はさらに、高村雄作という教師を紹介した。高村は英治に心酔している。悪魔は一人で十分だ。だから英治は本当は一人でやりたかったのだが、こうなっては仕方がない。高村を助手とすることにした。高村は、英治が悪魔教師として学校に君臨し、その上で英治が生徒たちに負けることにより、生徒たちを正常に戻し、オメガも自然消滅するのではないか、という作戦を主張した。その後ばれないように別のところで英治と高村は密会しようとしたが、その場にはすでオメガからの挑戦状が送りつけられていた。

次の日、学年主任の島木が熱意を持って高村に反オメガの旗を翻すことを主張した。よそ者にオメガを撃退されたのでは、プライドに傷がつく、それで島木の心に火がついたのだ。島木は、適任者として高村に声をかけたのである。さらに、島木はひとみにも声をかけると言った。そしてついに、島木、高村、ひとみの反オメガ三人組が出来上がった。勝手に別のグループに入った高村は困惑していたが、高村からそのことを聞いた英治は、淡々としていた。

そのころクラスでは反ひとみ派、すなわち不良四人組がひとみとその親衛隊を潰そうという作戦を練り始めていた。英治はアルファと名乗り、そのうちの一人をやっつけた。このことは同時に、オメガへの宣戦布告でもあるのだ。

ぼくらの失格教師

矢場が校長になるのだという。「おれは教育番組をいくつか手がけているうちに、日本の教育はこのままではどうにもならないことがわかった。しかしこれは報道するだけではなく、自分が教育現場に飛び込んでみなくてはと考えているときに、民間人を校長にしようという募集があったんで、応募したんだ」。「確かに矢場さんの意気には賛成だけど、校長って仕事はハンパじゃないよ。民間のノウハウを取り入れたら学校の構造改革はできるというけれど、最大の問題はそれを受け入れる教師と父母にあると思うんだ。これを解決しないとどうにもならない。しかしこの連中が一筋縄ではいかない」。「菊池の言うことは分かる。何もわざわざ火中の栗を拾うことはないと言われた。しかしだからやってみたいんだ。菊池だってそうだろう?」。いいことに、市長の後ろ盾までついている。

矢場が新任の挨拶をしてみると、どうにも反応が悪い。困った矢場は、英治に相談することにした。休んだ教師の代理として学校に来てもらいたい、というのだ。市長のお墨付きで矢場はそういうことまで出来る権限を持っているのだ。「今の学校をぶち壊して、新しい学校にしたい。おれの手伝いをしてもらいたいんだ」。矢場の理想を達成するための最初の障害は親だ、と英治は返した。「あきらめろというのか?」「そうは言っていません。矢場さんがどうしてもやりたかったらサンドバックになる悪役をつくることです。全部そいつのせいにして、校長は泰然として、抗議を受け流していればよいのです」。「そんな人間が……」。「そのためにぼくを雇ったんじゃないんですか?」

矢場の学校では不登校教師が数人いる。そのうえ、矢場の新提案は完全に反発されてしまった。生徒に迎合しているというのが理由だったが、要するに面倒だ、というわけである。「学校が楽しくなるじゃないですか。それがわかっていてやらないのは、学校を楽しいものにしたくないか、それとも職務怠慢かどちらかだと思いますが」。「菊地先生だって教師が事務に追われてどんなに忙しいかおわかりと思います」。

じっさい、本業の人から聞いた話だが、教師というのは仕事の半分が事務だという。ちかごろは制度が変更され、集約化され楽になったはずが、余計な事務が更に増えてしまった。教師というのは子どもを教導するのが仕事であって、教導の仕事からすれば主ではない事務書類を書くのは最低限であるべきなのだ。彼は冗談とも本気とも取れない顔で言っていた、もし残業手当が出るなら給料を三万円下げてもらっても大丈夫だ、と。

それでも、矢場の理想に近づくべく、英治はクラスのメンバーを乗せた。「おれは、学校をもっと楽しいものにするためにやってきた。しかし簡単ではないぞ。おれと一緒に戦うか。どうだ、やるか?」

そして、矢場、英治、子ども達の学校改革作戦が始まった。

ぼくらの魔女教師

英治にひとみから相談が舞い込んできた。知り合いの校長に殺人予告状が届いたのだという。「すぐに辞めなければ、おまえの命はない」。英治が学校の理事長に会って相談を受けると言ったので、ひとみや同席していた久美子などは安心してしまった。これからだというのに。

校長というのは、湊学園の校長である。湊学園については本編を参照していただきたいが、ともかく、今は中高一貫の有名女子進学校として名を馳せている。そして、教師は八割が女性である。さらにそのうち湊学園出身者が六割であり、ほぼ学園関係者による独占状態にあるといってよい。

理事長に会った結果、英治はこの件を受けることにした。このまま独占状態が進み、純血種のみになってしまっては教育が化石化してしまうからだ。そして、学校改革作戦に出ることになったのだ。

休職しているという佐久という男性教師に話を聞くと、あの学園には魔女軍団がいるのだという。そして、かれらの目的は純血種でない男を排除することなのである、という。つまり、校長がひどい目にあっているのもそのせいだ、というわけだ。さらに理事長から聞くところによると、魔女軍団は教頭を筆頭とし、腹心は五名。さらにその下に生徒が十名ずつついて総計五十名の秘密組織を作り上げているのだという。しかしその実態を誰もつかめていないため、そのままになっているのだ、という。今までに調査を命じた教師たちもことごとく失敗しているという。乗りかかった船だ。いよいよ英治は魔女軍団と戦うことを決心した。しかし、魔女軍団の話を聞いたときの松宮の言動もなにやらおかしさが目立つ。どうなっているのか。

ところで、魔女たちの非純血種の追い出し方はこうだ。暴力的手段は使わず、たとえば、援助交際をしている、万引きをしているといった噂を流すのだ。こういう噂は否定するほどに怪しまれる。いっぽう、何も言わなければ肯定したのとかわらない。そうなるといづらくなり、遂には自分から辞めていくというかたちで追い出される、というわけだ。

ひとみに電話すると、新しい情報が舞い込んできた。ひかるが帰ってくるのだ。そして、ひかるの友人野中が湊学園の、魔女軍団とは関係を持たない教師で、当時のことを知っているというのだ。なんでも、いなくなった子もいるらしい。自分の担当のクラスを挑発してみたところ、生徒達は生徒が消えるという噂を知っていたらしく、動揺し始めた。英治は、その事実に確信を持った。

野中と会って話したところ、やはりいなくなった子はいるのだという。警察も力及ばず、事件は迷宮入りしてしまっているのだという。また野中は、教頭のパーティーに呼ばれて行ってみたところ、幻覚キノコを食べさせられてしまったようだった、とも言った。

その夜、英治に教頭からパーティーのお誘いがかかってきた。魔女軍団の攻撃が始まったのだ。そして、驚愕のラストが待っている。

ぼくらの第二次七日間戦争 援交をぶっとばせ!

英治がぼくらのうち数名を集めた。それというのも、瀬川からぼくらが30歳になったときに空けて欲しいという手紙があったからだ。そして、近頃はやっていなかったコブラ記念日に同窓会をしよう、ということになった。

当日は雪だった。ぼくらのメンバーがぞろぞろと集まってきた。北原もやってきていて、菊池に相談したいことがあるのだという。日比野もわざわざイタリアから帰ってきた。そして、純子にプロポーズした。純子はそれを受けた。

さて問題の瀬川の手紙だが、およそこのようなことが書いてあった。「大人になれば子どものころの情熱を失ってしまうものだが、君達にはそうなって欲しくない。その情熱を胸に、次の子供達を幸せにしてやって欲しい。もし次の子供達が不幸であれば、そのときは彼らを幸福にするために戦って欲しい」。ぼくらは、子どもが壊れた例を挙げながら、大人が壊れたから、子どもが壊れたのだと言い合った。加えてマインド=ウィルス(ぼくらのグリム・ファイル参照)。これからの世の中を悲観する意見が多かった。

北原は英治に問うた。「君は、今の子供達をどう思う?」「僕がいちばん気になるのは、今の子どもにパワーがなくなったことです」。「なぜだと思う?」「ぼくらの子ども時代は大人が大人だったから安心していたずらができたのです……大人と子どもの間に暗黙の了解があったから、安心していたずらをやったのです。ところが、今の大人ときたら年だけはとって、図体は大きくても精神構造は子どもですから、そんなやつにいたずらしたら本気で怒り出してキレたりします。そうなったらやばいからいたずらはしないのです」。「といっておとなしくなったわけではない。やることは前よりも過激になってきたじゃないか」……「今の子どもはいくら言ってもまったく聞こうとしない。」「なぜ?」「大人の世界を見ているからだ。今の世の中は悪いやつ、ずるいやつが勝利者になると知っているから、お説教なんか聞こうともしないんだ」。

「もう一度、大人との戦いをはじめるしかないだろう」。北原は英治に、手始めに援交から初めて欲しい、と頼んだ。英治はすでに戦士を集めていた。手がかりとなる女の子は名前をトキコという。家庭訪問してみると、すでに家庭は崩壊していた。両親とも、子どものために自分の人生を犠牲にしたくはない、というわけだ。

「菊池の言うことはよくわかる。子どもにもっときびしい現実を見せて、苦難に挑戦することに生きがいを見出させることだ」。戦いは始まった。第一目標は、トキコを探し出し、連れ戻すことだ。

ぼくらの第二次七日間戦争 再生教師

英治にひとみから相談が舞い込んできた。ひとみの学校で怪事件が起きているのだという。ある朝黒板にマザーグースの詩が書いてあり、二日後生徒が一人休んだ。ところが連絡がつかない。それで仕方が無いから家庭訪問すると、その生徒は一週間前から行方不明なのだ、と言う。無責任な話だが、この父親、すでに児童相談所から何度も注意勧告を受けている児童虐待の常習なのだ。母も同じらしい。生徒の名前は草野益男といい、虐待が原因で何度も家出しているのだという。しかし、ひとみは今回に限って嫌な予感がする、と言うのだ。

ところで、大空晴男という男がいる。名前とは裏腹にひどい人生を送ってきた。生まれてすぐ両親に先立たれ、施設に引き取られ、その後は転々と詩ながら小学校は出たものの体は小さく体力も無くその上勉強も出来ないと来ているからいじめられっぱなし。中学になっても同じことだった。本編を読んでいただければ分かるが、その後もこれほどまでにひどい人生はないというほどひどい人生を送ってきた。そしてホームレスになって10年になる。

そんな彼がある日、人の気配がしてそちらへ寄ってみると、子どもが首をつろうとする瞬間だった。助け出した晴男は、とりあえずその子どもを自分の小屋に招き入れた。子どもは、草野益男と名乗った。

それにしても、このような人生を送る晴男はなぜ絶望していないのか?それは、トランプのツーテンジャックが頭にあるからだ。細かいルールは本編を見てもらうとして、ともかく、マイナス札を完全に集めきるとプラスの最高点に変わってしまうのだ。同じように、不幸を極めればそれがひっくり返って幸運となるに違いない。それだから、晴男は絶望していないのだ。その考えの持ち主達は、マイナスクラブという会を作って時折集まり、各自自分の不幸を報告しあっているのだ。

そんな折、ひとみの学校の校長から英治の家に相談の電話がかかってきた。英治は、草野益男の件に違いない、と直感した。ひとみとともにやってきた田柄は、出し抜けに自分の学校に来て欲しい、と頼んだ。なぜなら、草野の件もさることながら、田柄宛てに通告書が送られてきたというのだ。「今度は二中だ」と。もちろん警察には頼んだが、全校生徒を警察が護衛するわけには行かない。そこで、我々自身の力で自衛するより無い。こういう時頼りになるのは英治しかいない。そう考えたひとみが田柄に進言したのだという。ひとみに頼まれて断るわけには行かない。英治は話を請け、いたずらっ子どもを味方につけ、見えない敵を探し始めた。

ぼくらの七日間戦争 グランドフィナーレ!

お金って何だろう。ないと困る。それは認める。けれど、昔から言われているように、お金があってもそれだけでは幸せにはなれない。もちろん、お金が引き出すいろいろなもの、車、家、そんなものがあったからといって、幸せになれるわけではない。それどころか、心を狂わせることもしばしばだ。株をすれば腕前さえあれば一時的に大金持ちになれるけれど、それで幸せになれたという話は意外と聞いたことがない。悲しくなって一億円を歩道橋からばら撒いた事件もあった。お金って、一体何なのだろう。

下町の工場の息子、数馬は近頃近所に新しく出来たマンションに住む瑠璃にめろめろだ。あるとき、瑠璃から一緒に買い物に行こう、というお誘いがかかった。瑠璃は金持ちなので遠慮なく買い物をする。数馬は瑠璃にめろめろなので、なんとかついていこうと必死だった。

数馬のいる城南第二中学校は下町の学校だ。しかし、ちかごろの話題は高いアクセサリーやゲームについての話ばかり。成り行きで瑠璃の家に行けば、金持ちと貧乏人の差を見せ付けられるばかりだった。

数馬の担任英治はもちものけんさにつけて、近頃は高価なものが増えた、と言った。近頃の親はわが子の落ち度は棚上げに、人権侵害だの何だの言って怒鳴り込んでくるから、その日のうちに返してやらなくてはならない。なお、ブランドものは、巧妙な手口で子供達を絡め取っている。その巧妙さについては本編を見てもらいたい。その上、新しく出来たマンションは今までの金儲けには無縁だけれどもそれなりに落ち着いた場所を乱してしまった。子供達は金の魔力に惑わされ、坂道を転げ落ちるように金に汚染されていっている。

ところで、田尻正晴は困っていた。簡単に金を貸してくれるやつがいるというから、ということでせびったつもりで借りてみると、なんと取立人が追いかけてきたのだ。そしてついに、田尻は引ったくりをする羽目に陥ってしまった。そのときはまだ知られていなかったが、その被害は広く城南第二中学校に及んでいた。

数馬らは瑠璃の誕生日パーティに呼ばれた。数馬は瑠璃に気に入られようとそれなりの物をそろえ、必死なのだが、そうすればするだけ、瑠璃は嫌そうな顔をした。瑠璃が気に入った数馬は、下町の数馬だったのだ。

そのころ、城南ニ中の生徒たちの三分の一が遅刻するという事件が発生した。新品を発売日に買い付け、転売することによって大金を得ようという腹だったのだ。すでに子ども達はお金の魔力につかまり始めていた。